- 布施市(東大阪市)-
俊徳町





東大阪市俊徳町
布施市俊徳町    昭和28年1月3日 1953.1.3   撮影 佐伯幸雄
お正月の子どもたちのスナップ。紙風船が新春に舞う。電柱は木製で道は未舗装である。




東大阪市俊徳町
布施市俊徳町    昭和23年  1948   撮影 佐伯真澄
不鮮明だが木造の家屋の家並みである。このあたりはアメリカ軍の空襲を免れた。この家屋は現在も残っている。




俊徳道駅
近鉄俊徳道駅    昭和48年1月9日  1973/1/9   撮影 佐伯真澄
近鉄大阪線俊徳道駅の様子。この年に駅舎の高架化の工事が始まった。駅の踏み切りは、長らく警手が遮断機を操作して開閉していた。




俊徳道駅
近鉄俊徳道駅    昭和48年1月9日  1973/1/9   撮影 佐伯真澄
踏切から北側を望む。 遠くには工事中の高架が見えている。駅のベンチは木製である。昭和30年代には西側のホームには売店があり、飲料や新聞のほかブリキのおもちゃなども売られていた。




俊徳道駅
近鉄俊徳道駅    昭和48年1月9日  1973/1/9   撮影 佐伯真澄
踏切の南端から北側を写す。左には踏み切り警手の操作室が見える。駅の西側には伝説の美少年「俊徳丸」の物語と駅名の由来が書かれた立て札があった。高架化を待つ俊徳道駅の最終時の姿であろう。




俊徳道駅
近鉄俊徳道駅の踏み切り    昭和48年1月9日  1973/1/9   撮影 佐伯真澄
俊徳道駅は近鉄大阪線と国鉄城東貨物線が交差している所に位置している。地上を近鉄電車が走る。遮断機が下りた状態で車が電車の通過を待っている。背後の橋脚は城東貨物線のもので、昭和6年に作られた。




俊徳道駅
近鉄俊徳道駅踏み切りより    昭和48年8月29日  1973/8/29   撮影 佐伯真澄
踏切より写す。8月には駅舎は撤去され、高架の工事が進んでいる。




俊徳道駅
近鉄俊徳道駅前の道路    昭和48年8月29日  1973/8/29   撮影 佐伯真澄
新駅舎の建設の様子。柱が建った所で、奥には通過中の近鉄車両が見える。布施駅に向かう道路も拡張されているのがわかる。左の交通標語は近くの布施警察署のものだ。




俊徳道駅
近鉄俊徳道駅    昭和49年4月2日  1974/4/2   撮影 佐伯真澄
巨大なトラスの鉄橋が完成した。鉄橋は、最初、新駅舎の上部に据え付けられる。手前は駅北側にあった踏み切りである。




俊徳道駅
近鉄俊徳道駅前から    昭和49年4月2日  1974/4/2   撮影 佐伯真澄
踏み切りから。新駅舎の建造が進んでいる。最上部には鉄橋が据えられている。




俊徳道駅
近鉄俊徳道駅の建築の様子    昭和49年4月2日  1974/4/2   撮影 佐伯真澄
城東貨物線の交差付近。左上に鉄橋の一部が見えている。城東貨物線の列車が走行中である。




俊徳道駅
俊徳道駅に作られた鉄橋    昭和49年4月2日  1974/4/2   撮影 佐伯真澄
新駅舎構造物上に鉄橋が作られた。やがて鉄橋は南側に移動する。




俊徳道駅
俊徳道駅上の鉄橋    昭和49年4月10日  1974/4/10   撮影 佐伯真澄
駅の南側から鉄橋を望む。新駅舎構造物上に作られた鉄橋の様子がよく判る。




俊徳道駅
道路上に設置された鉄橋    昭和49年7月2日  1974/7/2   撮影 佐伯真澄
鉄橋を城東貨物線と道路の真上に移動する作業が完了した。鉄橋の下にはこれを移動させるための鉄骨トラス構造物、さらに中央には重量を支える支柱が設けられている。真下の踏み切りは近鉄特急ビスタカーが通過中である。




俊徳道駅
道路上に設置された鉄橋    昭和49年8月  1974/8   撮影 佐伯真澄
完成した鉄橋の架線は未だ設けられていない。踏み切りは稼働中で近鉄電車が走っている。城東貨物線の左には僅かに雑草が見えるが、これは城東貨物線は高架ではなく、盛り土による堤の上を走っているので、そこの夏草が写りこんだのである。




俊徳道駅
道路上に設置された鉄橋    昭和49年8月  1974/8   撮影 佐伯真澄
西側の信号から高架を望む。近鉄高架の下を走る城東貨物線は、34年後、おおさか東線となって客車の運行が可能となった。2008年3月15日、新しいJR俊徳道駅は鉄橋の北側に開業した。


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