実話の最近のブログ記事

「人は、分かりやすくてつじつまの合った話を信じる」とある人から聞いた。そのとき、まさかと思いつつ、一方で思い当たることがいろいろ出てきて、目から鱗の感じがした。

その後、意識していろんな事象を見てみると、確かに人は分かりやすくてつじつまの合った話を信じやすいと理解できる。詐欺にだまされるのも、効果のない健康食品にはまるのもその一例だろう。
ある堅い職業の人が、アメリカからは月の裏側が見えると思っていた、という話を聞いて驚愕した。地球の裏側にまわると月の裏側も見える、という「裏つながり」でつじつまが合っている。

決定的なことがあった。
ある責任ある立場の人が、「○○さんの話は、分かりやすくてつじつまが合っている」と言って、○○さんの話を鵜呑みにしているのだ。重い責任を持った方がモロに言うとは、驚きのあまり言葉が出なかった。

いわゆる理系の人間は、こういうテーマには敏感な傾向がある。本来、自然科学をベースに生きているわけだから、科学を否定することは自己否定につながる。物心ついた頃から「科学的である」ことに価値を見いだし、非科学的な言動を排除して成長してきたのだ。

分かりやすいことは大切なことだ。問題は「つじつまが合っている」というところなのだ。
つじつまが合っていない話は、自己破綻しているから論外だ。では、つじつまが合っていれば正しいか、というと必ずしもそうではない。つじつまが合っていても、事実と異なる話はいくらでもある。先の○○さんの話はその典型だった。

理系の人間だって深く考えていないと、思い込みになったりだまされたりすることがある。
つじつまが合っているだけでなく、事実と合っているかが決定的に重要なのだ。しかしその事実を知らなければ判断のしようがない。たとえば、「花粉症にならないために花粉をいっぱい浴びて免疫を付ける」と言っている人がいた。何の悪意もないし健康でいたいという願いがこもっているが、花粉をいっぱい浴びて免疫が付いたら花粉症になる、という事実を知らないのだ。

善良な人間の特性を知った上で、それを利用して利益を得ようとする人がたくさんいる。
利用されたら、いつか必ず不利益を被ることになるという事実を、重く受け止めたいものだ。

今年の冬から、小さな子どものナメクジが風呂場に出没するようになった。浴槽はステンレス製で壁との間に30cmくらいのタイル面があり、石けんやシャンプーを置いている。子どもナメクジはその付近から、シャワーの混合水栓付近にいる。

生まれたての米粒より小さいものから、はっきりナメクジとわかる1cmくらいのものまで、日替わりでやってくる。よく見るとカタツムリのようにツノ(目)があって、可愛らしいと思う瞬間もあるが、やっぱり気持ち悪い。シャワーのお湯がかかって流れて来てもいやだし、まして殺生は避けたい。やはり若干のストレスになる。

ところが昨夜、いつものようにナメクジを見ながらシャワーを浴びていると、水滴を嫌ったナメクジが浴槽とタイル面の間の割れ目に入っていくではないか。おそらくここからやって来たのだろう。なるほど、ここだったのか。この割れ目は阪神大震災のときにできたもので、壁面のタイルも一番下の段は横にヒビが入っている。地震の夜このヒビを発見して、「座屈」という言葉がうかんできて震え上がったものだ。

地震の後、ヒビや割れ目をパテで補修していたが、去年の暮れ頃にパテが取れてそのままにしていた。小さな割れ目なので、大きなナメクジは通れない。だから子どもナメクジばかり出没するようになったのだろう。この床下がどうなっているか今は考えないことにして、まずはパテで補修することにした。床下が乾燥していることは、今年1月に猫が入り込んだときに確認しているので、今は出入り口をふさぐだけにしておこう。

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