2016年5月アーカイブ

 政治家の政治資金不正流用が後を絶たないが、テレビの街角インタビューで「裏切られた」とか「ニューリーダーが必要だ」とか答えている場面が放映される。しかし、問題となっている政治家は、多くの有権者に支持されて当選したのであり、インタビューで辛辣に批判している人の中にも支持した人はたくさんいるはずだ。

 今の日本国民は有権者であって、主権者なのだから、自分の「任命責任」について考えてみる必要があるのではないか。街角インタビューで自分の「人を見る目のなさ」を反省するよりも、むしろ被害者であるような意見が目立つ。何か少しちがうような気がする。

 有権者としての反省がなければ、いつまでたっても人を見る目は育たないし、また同じような人を選ぶだろう。リーダーが何かしてくれると期待し、リーダーに服従する人は、リーダーが器でないと分かったとき激しく怒る。悪いのは器でもないのにリーダーになった人物で、選んだ自分は悪くない、被害者なんだと考えるのだろうか。

 本気で怒っているなら、自分の「任命責任」ということについて考えてみよう。自分が主権者の一人であることを重く受け止めなければ、決してよい社会にはならないだろう。

度を過ぎた自慢話をする人は、相手に対して劣等感を持っている場合があるようだ。
人の心は奥が深くて、なかなか本心はわからない。自分の親ですらそうではないか。
この人が何の劣等感を持っているのかと思うような人でも、完璧な人間はいないから何か弱いところはある。
裕福なご高齢の人でも、身の回りのケアをしてくれる人にコンプレックスを持っているかも知れない。もし自分が体が動かなくなったら、周りの人にどういう感情を持つだろうか。
ちがいを強調し、何事にも優劣を付ける人は、優越感と劣等感にさいなまれることになる。そして、負けず嫌いの人は決して非を認めない。
強いコンプレックスを持った人は、自分は自慢話をする一方で、他人の悪意のないたわいない話に鋭く反発する場合がある。
会話をすれば、相手より優位に立てる術を駆使し、仕事をすれば、相手より一つ上に上がろうとする。そういうのが性に合っている人がいるのかどうか、私には分からないが、私はそういうのは苦手だ。
序列から生まれる劣等感や優越感から早く解脱した方が、残りの人生は幸せになれると思う。

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